連載第3回「アカスリ半田劇場」 スポーツニッポン(朝刊) 2013年09月25日

京都での4年間が今のベースに



「ESS」で英語討論をマスター

半田氏は兵庫県立鳴尾高を卒業後、浪人生活を経て同志社大経済学部に入学した。生まれ育った西宮を離れ、同大がある京都で過ごした4年間は、その後の人生に大きな影響を与えることになる。

「大学では日本文化を勉強したいと思っていた」と言うが、実際は英会話研究を行う「ESS」に入部した。父親の強引な命令と、叔父が神戸大の学生時代に「ESS」で活躍していたこともあり、2人の命令で無理やりESSで学ぶことになった。

同大の「ESS」はハードな活動内容で知られるが、その中でも、半田氏の奮闘ぶりは評判になるほどだった。半田氏は「ESS」を運命だと悟り、全てに徹したのである。3年時には委員長(プレジデント)を務め、部員400人をまとめあげ、組織の改革も成功させた。

そんな半田氏の活動はまさに実践的なものだった。古都である京都は外国人観光客が多く、日常的に英語で話しかけられたり、名所めぐりの指南をすることがあったという。

「外国人と話すときには、単に英語を話すだけではダメなんです。日本の教育、政治、文化のことを論理的、具体的に英語で説明できないといけない」

浪人時代に学びたいと思っていた日本文化だが、現実的には日本文化を勉強することはもちろん、それを英語で論理的に説明することに興味を持った。英語でのディベートやディスカッション、スピーチをマスターし、日本文化のアイデンティティーを英語で伝えることができるまでになった。

「外交官は皆同じ思いをしてると思うが、日本文化を英語で論理的に説明できないと、本当の意味でのインターナショナルな人間にはなれません。京都での4年間は、今のベースになっていると思う」と振り返った。



半田 晴久(はんだ・はるひさ)1951年(昭26)3月18日、兵庫県西宮市生まれ。県立鳴尾高、同志社大経済学部、武蔵野音大特修科卒。その後、豪州でMA、中国の清華大、浙江大でPh.D.の学位を取得。ゴルフやボウリングなど多くのスポーツ大会に協賛する「ISPS」会長。オペラ歌手、画家、書家、能楽師などとしてマルチな才能を発揮。「強運」(たちばな出版)など著書は270冊を超える。

©2013スポーツニッポン新聞社


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