ワールドメイトと深見東州、5つの特徴

平成26年5月15日
ワールドメイト


 数ある宗教団体の中で、ワールドメイトには他の団体とは異なる、幾つかの特徴があります。

1.聖と俗を区別して共存する

 ワールドメイトは、日本古来の神道をベースとする、教派神道に属する宗教です。
 キリスト教や仏教は、基本的に脱俗の宗教です。いっぽう神道は、「聖と俗を区別して、共存する」という特質を持ちます。また、「生業(なりわい)や家を栄えさせ、コミュニティーを繁栄させる」という、特質があります。さらに、「現実を生き貫く精神や魂の、輝きに価値を見出す」特質もあります。それが、神ながらの大和魂です。ワールドメイトも代表の半田も、この特質を持つものです。
 この姿勢は、日本社会に無意識の内に息づいてます。そのため、脱俗、出家主義、妻帯を禁じた仏教も、日本に入れば、その影響を受けて変容し、俗との共存要素が表れます。
 例えば、聖徳太子の編纂した三経義疏は、日本精神、つまり神道思想に適合するものを選んだのです。まず、仏教では不浄なものとして扱う女性を、尊重するお経が、勝鬘経です。次に、仏教が価値を認めない、現実社会を理想郷にするのが、法華経です。また、出家主義の仏教に、アンチテーゼするのが維摩経です。在家である維摩が、釈迦の十大弟子を打ち負かす物語です。出家より偉い、在家の道をアピールしたのです。
 聖徳太子が、この三つのお経を尊重した事で、仏教が日本化できたと言えます。
 さらに、聖徳太子が神儒仏を区別し、共存させて日本社会や日本文化を作ったのです。すなわち、日本古来の神道を、皇室祭祀として残し、仏教は民衆教化に活用し、儒教は官僚や社会の道徳規範として用いました。しかし、政治には、宗教的ドグマを入れず、公平な政治姿勢を貫きました。この、区別して共存させ、現実社会を繁栄させるあり方は、今日まで続く日本の伝統になったのです。
 例えば、日本の著名なカリスマ経営者は、ドグマや教派にとらわれない、普遍的な神仏への信仰を持ち、ビジネスと区別して共存させたのです。
 例を上げれば、出光興産創業者の出光佐三氏は、宗像大社の熱心な崇敬者で知られます。西武グループ創始者の堤康次郎氏は、箱根神社の熱心な崇敬者。「経営の神様」松下幸之助氏は、会社の敷地内に「根源の社」を建立し、自身は辯天宗の総代も務めていました。東芝の社長・会長を歴任した土光敏夫氏は、熱心な法華経崇敬者でした。また、京セラ・KDDI創業者の稲盛和夫氏や、協和発酵の創業者 加藤辨三郎(べんざぶろう)、エスエス製薬の創業者泰道照山も、熱心な仏教者です。特に泰道照山は、天台宗の僧侶であり、出家得度した人物として知られます。そして、「Canon」が「観音」から来てることは、あまりにも有名です。角川書店の社長だった角川春樹氏は、群馬に宗教法人「明日香宮」を創設し、教祖であり、宮司でありながら、角川書店の社長もしてたのです。
 どの経営者も、信仰を自身の拠り所としつつ、信仰と経営を混同させず、はっきり区別して共存させたのです。これらは、聖と俗を区別して、共存させる好例です。
 ところで、角川春樹氏は後に逮捕され、物議を醸しました。しかし、それは、薬物事件を起こしたことが問題だったのです。決して、自分の宗教と経営を区別して、共存させたことが問題だったのではありません。
 さらに、歴史をたどれば、戦国時代の武将もそうです。上杉謙信は、真言宗の僧侶でありながら、武将でもありました。また、ライバルの武田信玄は、武将でありながら、天台宗の僧侶だったのです。エスエス製薬の泰道照山も、これに習ったのです。このように、戦いに生きる戦国武将でさえ、聖と俗を区別して、共存させたのです。もし、これらの武将が、聖と俗を混同させ、戦場で仏教の「殺生戒」を守り、殺人を禁じてたら、たちまち領土は奪われ、一族は滅んだことでしょう。謙信も信玄も、戦場では一流の戦国武将であり、また、日常では優れた仏者であり、僧侶だったのです。しかし、聖と俗を区別し、共存させてたのです。だからこそ、戦国の世に民を守り、国を栄えさせることができたのです。
 こうした伝統の始まりは、前述の如く、聖徳太子に始まります。
 この聖と俗を区別し、共存させるあり方こそ、日本古来の神道が育んだ伝統なのです。以後も、脈々と日本社会の背景に息づき、現代の日本型経営にも影響を与えてるのです。

 ワールドメイトの、代表役員の深見東州(半田晴久)も、この伝統を学び、聖と俗を区別して、共存させています。宗教家でありつつ、別に生業を持ち、ビジネスマンとして、多くの会社を経営してるのです。しかし、経営には、一切宗教的な要素は持ち込んでいません。強いて言えば、フィランソロピーや、企業メセナを推進する所は、宗教的な要素と言えるでしょう。この点が、「明日香宮」宮司と、角川書店の社長を兼ねてた頃の、角川春樹氏のあり方を、発展させたものと言えるかも知れません。
 半田は、たちばな出版やミスズなど、自ら代表を務める会社を、日本でも海外でも経営しています。しかし、ワールドメイトは、それらの会社と全く資本関係がなく、株も所有してません。ワールドメイトも、聖と俗を区別し、また、その代表である半田も、聖と俗を明確に区別し、共存させてるのです。
 特にミスズは、みすず学苑という予備校を、37年間運営しています。当然ですが、指導内容に宗教理念や信仰が入る事はありません。宗教の儀式も、説教も、勧誘もありません。そんな予備校なら、生徒も離れ、風評が立ってとっくに潰れています。みすず学苑では、仏教、キリスト教、神道、その他の新興宗教など、どんな宗派の生徒も入苑し、学んでいます。そして、13年連続90%超の進学率を誇り、すでに数万人を大学に送り出したのです。
 このように、代表者であり、学苑長でもある半田は、自らが経営するビジネスを、信仰と混同することはありません。ワールドメイトが、予備校を布教に使うこともありません。それは、「聖と俗を区別して共存させる」という、神道古来の特質に由来してるのです。


2.神道に基づき、反社会性のない団体であること

 現在、日本には、18万2200の宗教法人がありますが、反社会的な活動を行ってる宗教は、オウム真理教など、ほんの数件に過ぎません。ほとんどの宗教は、まともで、真摯な活動を行っています。しかし、どれほど良心的な活動を行なっていても、マスコミが、「良き宗教活動」を報じることはありません。宗教について、偏った印象だけが流布されてるのです。
 特に、ワールドメイトは、神道をベースにしています。神道の思想は、前述した特質だけではありません。神社を見れば分かる通り、「来る者拒まず、去る者追わず」で、本来強制がないのです。ワールドメイトも、神道の伝統に則り、社会性を大切にしています。「生業(なりわい)ゆるぶことなく、家門(いえかど)高く富み栄え」という、祝詞の言葉があります。このように、神道は社会が栄え、家が栄え、生活が栄えることを祈ります。すなわち、コミュニティーや現実の繁栄を大切にするのです。これは、神の祝福が、一族の繁栄となって現れる、ユダヤ教と同じ価値観を持つものです。
 ワールドメイトも、この神道の価値感やあり方に則(のっと)り、社会性を大切にしてるのです。日弁連は、「宗教的活動にかかわる、人権侵害についての判断基準」(13細目)を作成し、違法行為になりかねない宗教的活動について、警鐘を鳴らしています。しかし、これらの基準の1つ1つに照らしても、ワールドメイトは1項目も該当しないのです。


3.教勢と教線の拡大を、第一とする団体ではないこと

 ワールドメイトは、巷の多くの宗教団体のような、信者数や建物をどんどん増やす、「拡大第一主義」ではありません。建物や信者数や財力を拡大するよりも、普遍的な宗教性を広めるほうが、大切だと考えます。
 ワールドメイトが大切にする、価値基準は6段階あります。無形の3段階と、有形の3段階に分かれます。すなわち、第1が神の御心、第2が神の御稜威(みいず)、第3が神の道です。この無形の価値が、有形なものに降りてくるのです。それが第4の人、第5の組織、第6の建物です。そして、第1から第3までの、無形の価値を別な言葉で言えば、普遍的な宗教性とも言えます。それを、別な角度で言えば、人類愛、人道主義、誠実な社会対応と言えます。これらは、全て人に伝え、その人のために組織があり、組織のための建物です。
 ワールドメイトは、この優先順位で神仏に向かい、情熱を注ぎ、資金を使い、社会に向かうのです。だから、ワールドメイトの建物は、どこも質素です。会員もそれ程多くなく、過激な布教もしません。ぼちぼち、発展すればいいのです。
 しかし、巷の多くの宗教は、この逆なのです。まず建物の拡張、組織の拡大、人の動員が尊重され、そのために道を説き、稜威(みいず)や恵みを説き、神仏の御心を紹介するのです。常に有形の価値が主で、無形の価値が従なのです。ワールドメイトは、これらのあり方を、宗教性が低いものと考えます。無形の価値を、第一とする所を、宗教性が高いと考えるのです。
 だから、ワールドメイトは、組織拡充や信者獲得のために存在するのではありません。何よりも、目に見えない神心や恵み、道を広める事を大切にします。すなわち、形ある宗教を広めるより、その奥にある、無形の真実である普遍的な宗教性を、世に広めることを大事にしてるのです。普遍的宗教性とは、前述の如く、人類愛であり、人道的なあり方であり、社会に対する誠実な対応です。それが、ワールドメイトの3つのスローガンである、
「宗教団体としての弱者救済の立場に立った、慈悲慈愛の実行」
「人道的見地に立った、会員や社会への対応」
「社会良識に基づく、誠実な対応」
になってます。そして、これらを運営の根幹に置き、高い宗教性を大事にするからこそ、社会への布施行を厚く実行するのです。
 例えば、ワールドメイトは1996年、アジア最貧国であるカンボジアに、24時間無料診療の救急病院を建設しました。
 カンボジアでは、20年にわたる内戦で、知識階級が虐殺され、いっときは国内に医師がわずか数名という状況に陥りました。内戦終了後も、圧倒的に足りないのが医師であり、またその医療レベルも、発展途上の低いレベルにあったのです。
 そのため、上記の病院を建設し、18年にわたり無料診療が行われています(平成26年現在)。また、その病院でカンボジア人医師の育成も行い、医療レベル向上にも寄与してきました。
 この18年間に、無料診療を受けた患者数は、120万人にものぼります。また、首都プノンペンの医療事情が、改善し始めたことを契機に、さらなる辺境地域の医療整備にも乗り出しました。日本には、ワールドメイトより大きな宗教団体は、数多くあります。しかし、これほどの規模で、長年無料で人命救助を行っている団体は、類がないのではないでしょうか。

 さらに、ワールドメイトは、世界の貧困地域に小学校や孤児院を作り、満足に教育の受けられない子供たちや、生活もままならない子供たちの、救済にあたっています。また、ポルポトの虐殺で、生活を破壊された人々への基金を作り、救済活動を行なっています。これらの福祉活動は、いずれも世界に類を見ない規模と、独自な内容で、各界に高く評価されています。各国政府や国王、首相から感謝の意を込めて、勲章等が幾つも授与されています。ホームページには、直接のものや、フレンド団体を通した具体的な足跡が、詳しく記されています。これを見れば解りますが、本当に多岐・多人数にわたる救済活動や福祉活動が、世界規模で行われてるのです。10年、20年継続して、ここまで積極的かつ大規模に福祉活動を行なう宗教は、極めて少ないです。これらは全て、前述の通り、神心(かみごころ)や人類愛を第一にする姿勢によって、貫かれているのです。


 ところで、宗教団体は、どこでも己の宗門宗派を広めるために、活動してると思ってる人がいます。しかし、それは実際の宗教を知らない人です。例えば、日本には立教大学や同志社大学、関西学院大学など、プロテスタント系の大学が56、上智大学や南山大学など、カトリック系の大学が20あると聞きます。しかし、これらは、プロテスタントやカトリックという宗派の、信者を増やすために作られたのではありません。
 優れた大学を設立して、人々に教育の機会を提供し、良き人材を輩出して、社会に貢献することが、キリスト教の「神の愛」に合致するからです。彼らは、こういう理念や目的で大学を建て、運営してるのです。これは、仏教の大谷大学、龍谷大学、立正大学などでも同様です。これらの大学や附属高校は、浄土真宗や法華経の布教拠点として、建設された訳ではありません。ましてや、信者を増やすためでもありません。これらの大学は、神仏の御心を教育や社会に生かそうとする、各宗派の高邁な理念によって作られたのです。
 この例を見ればお分かりの通り、宗教がすべて、自己の教えを強引に広めたり、教勢拡大、教線拡大に血道を上げるものと考えるのは、事実を知らない無知が生む偏見です。普遍的な宗教性や、神や仏の御心を第一とし、人類愛や社会への布施行を大切にする宗派は、たくさんあるのです。ワールドメイトも、また代表の半田も、勿論同様です。先に挙げた、みすず学苑も、これらキリスト教や仏教の学校と同様です。キリスト教系の麻布高校やICU、光塩女子校、神道系の國學院久我山高校、禅宗系の成蹊高校などと、全く同じです。ただそれが、予備校であるだけです。半田は、自分が代表役員を務める、宗教の信者を増やすために、予備校を作ったのではありません。高邁な宗教的理念を保持することと、信者獲得に血道を上げることとは、根本的に違うのです。

 このように、ワールドメイトは、無理な拡大路線を取らず、より本質的で普遍的な神心や宗教性を大切にするのです。そして、神心に基づく人類愛、人道主義、誠実な社会対応を実践し、社会への布施行に尽力するのです。これが、ワールドメイトが、設立の頃より貫く姿勢なのです。


4.時代を超えた普遍性があるのが、本当の宗教であること

 時代時代の優れた宗教者は、巷の人々と共に生き、その苦しみや悲しみを共有し、その中から救済の法を説きました。
 現代は、武家社会の鎌倉時代でもなく、密教がもてはやされた、貴族社会の平安時代でもありません。民主主義、自由経済、国際社会の時代です。労働者の8割がサラリーマン、OLの時代だからこそ、天啓によって、半田は自らビジネスマンに身を置き、汗水垂らして会社を経営するのです。そして、10円の有り難さ、100円の尊さを、日々実感しています。ビジネス社会で、人々が何を大切にし、何に苦しんでるのか。それを、いつも肌で感じるからこそ、多くの著作群に説得力があり、人々の感動を呼ぶのです。現実社会に根ざし、血と汗と涙の努力の中から、にじみ出る教えだからこそ、老若男女に支持され、魂を揺さぶる救済力が発揮できるのです。
 時代は変わり、社会は変わっても、人々と同じ立場に身を置き、痛みを実感し、説く教えの大切さは変わりません。そして、時代を反映すると同時に、時代を超えた普遍性のあるのが、本当の宗教者であり、そこから生まれる教えが、本当に生きた教えなのです。
 もちろん、半田が宗教とビジネスを混同せず、明確に区別してることは、先に述べた通りです。半田が、神仏を敬い、人々の幸せを願って行なう経営は、「相手良し、われも良し、社会も良し」の経営哲学です。こういうビジネスの場で学び、実感した人々の悩みや苦しみを、ワールドメイトで活かすことはあります。しかし、これは、ビジネスと宗教の混同ではありません。法的にも、財政的にも、活動内容も、明確に区別されてるからです。
 しかし、このように、宗教者がビジネス現場の先頭に立ち、苦楽を共にすることを、誤解する人がいます。最初に述べたように、神道の「現実を生き貫く精神や魂の、輝きに価値を見出す」思想を知れば、何の矛盾もないのです。しかし、そういう知識がないために、多くの人が誤解するのです。
 1でも述べましたが、もっと詳しく述べれば、歴史の中には、こういう雛形はいくつもあるのです。例えば、不妻帯の戒を持つ僧侶の上杉謙信が、戦国の世に生まれ、武家の家督を継ぐ運命を悟り、義による戦しかせず、連戦連勝で越後の民を守ったのと同じです。戦国の世が、経済戦線の世になり、越後の民が従業員になっただけです。半田も、不妻帯の戒を持つ、万能の天才宗教家です。38年間、全ての事業を成功させてるのです。
 上杉謙信は、真言宗の僧侶であった武将です。半田は、神道の宗教家である、国際ビジネスマンです。倒すか倒されるかの戦国の世と、つぶすかつぶされるかの経済戦線には、共通するものがあります。半田は、こういう生き方を、天啓によって選択したのです。その時からのお手本が、上杉謙信の生き方だったのです。
 しかし、宗教を何でも悪とみなす人々もあります。そして、「ビジネスと宗教が一緒になってるのではないか」と、疑ってマルサが来たこともあったのです。しかし、結局何の問題もなかったことが証明され、かえって、私たちの活動の正しさや、半田の純粋さが知れ渡ったのです。
 時代を超えた、普遍的な宗教性を貫くことは、旧態依然とした活動を続けることではありません。社会が変容してる以上、その時代の、社会に即した救済方法が必要なのです。それは、旧時代から見れば、異端や革新的に見えるものです。ワールドメイトの活動は、どこよりも斬新で、現代的である一方、その中には普遍的な宗教性と、神心が息づいています。そして、あらゆる誤解を乗り越えて、法的にも財務的にも、社会的にも信頼に足りる、立派な宗教団体をめざしてるのです。それを、近年、文部科学省が認めてくれたのです。その背景を述べます。
 現在、一都道府県のみに拠点を持つ宗教団体が、宗教法人化を申請する窓口は、都道府県庁です。そして、知事が認証するのです。ここでは、年間90件近くの宗教団体が、法人として認証されてます。
 しかし、複数県に拠点を持つ宗教団体の窓口は、文化庁にしかありません。そして、その認証数は、1997年以降、年に平均1.875件しかありません。(累計でも、約1100団体しかないのです。)
 ワールドメイトは、その狭き門をくぐり、平成24年に文化庁を窓口として、文部科学大臣所轄の、宗教法人として認証されました。
 無論、「文化庁のほうが、48倍狭き門である」などと、単純比較はできません。しかし、複数県に拠点のある宗教にとっては、文化庁しか認証の窓口がないのです。その為、文化庁には、日本全国から「法人認証してほしい」とオファーが来ます。その中で、文化庁が扱う数が、わずかに年2件弱なのです。だから、狭き門であることは間違いありません。
 ある著名な宗教者が、ワールドメイトが、文部科学大臣認証の法人になったことを、「東証一部上場」に例えました。それは単に、文化庁と都道府県庁という、窓口の違いを言うのではありません。文化庁しか窓口のない、全国規模の宗教法人の新規認証の困難さを、東証一部上場になる難しさに例えたのです。たしかに、何年もかけて、あらゆる角度から厳しいチェックを受けました。しかし、おかげで宗教団体としての、ワールドメイトの健全さや、公益性や公共性が立証されたわけです。同時に、我々も威儀を正し、より健全なる宗教性や公共性、社会性に磨きをかける決意をした次第です。


5.公共性、公益性、一般性のある活動

 ワールドメイトの最大の特徴の1つが、明るく面白く、自由で抹香臭くない団体であることです。パンフレットの面白さ、ギャグ満載のメルマガや、支部名を見ても、「楽しい」と言われたり、話題になったりしてます。
 例えば、新宿の中心的拠点の名称は
「完熟トマトあちらにポロリこちらにポロリ、結局畑はトマトだらけ何て真っ赤な幸せ新宿エリア本部」、
 関西のエリア本部の名称は
「戎が笑う大黒が笑うみんなが笑うわっはっはっはっはっはエリア本部」
ですし、その他の支部名も
「雲か嵐か稲妻か平和を愛するなまはげ支部」
「浦和浦和裏浦和支部」
「大江戸八百八町オイラの夢が花咲くのさ支部」
「光る海、光る大空、光る大地!行こう無限の鹿島灘!支部」
「宇宙戦艦トヤマ支部」
「神戸泣いてどうなるのか、だから明るく笑って生きよう支部」
「わてら陽気な岡山県人冷蔵庫を開ければドッと幸運飛び出す支部」
「この紋所が見えないか!チャチャチャー支部」
「長崎ばってんカステラ食べて幸せ満足あふれる支部」
等々、すべての支部にユニークな名称を付けています。これは、暗いイメージや閉鎖的な宗風にならないよう、その地域にちなんだ支部名を、すべて半田が命名してるのです。
 また、支部代表を選挙で選ぶ民主性も、巷の宗教にはない自由さの象徴です。閉鎖性がなく、公平な、一般性が高い団体であることが、ご理解頂けるものと思います。
 また、一般性の高さを、公益性・公共性の面から見れば、下記のように言う事も出来ます。
 半田は、現在、在福岡カンボジア名誉領事を務め、福岡に名誉領事館を開いています。今年で、6年目になります。1ヶ月に、約300件のビザを発給するなど、両国の交流に努めてるのです。ちなみに、外国の名誉領事の拝命は、半田の一存で受諾できるものではありません。相手国の政府要請を受け、日本の外務省による、詳細な身上調査が行われます。公安も、厳しくチェックします。そして、名誉領事として認める、「口上書」を外務省が発行し、初めて名誉領事に就任できるのです。半田が、いかがわしい人物であったり、また、半田が代表を務めるワールドメイトが、反社会的な団体ならば、そもそも名誉領事の話が来ることはありません。
 また、半田は現在、カンボジア王国において、首相顧問と政府顧問を務めています。政府顧問としては、首相、副首相に次ぐ、「上級大臣」に就いています。日本人の上級大臣は、カンボジア史上、半田ただ1人なのです。教育、医療、福祉、メディアなど、多方面にわたり、カンボジアの救済に尽力してきた、20年近い信用あってのことです。それでも、一国の上級大臣に、外国人を抜擢する際、身上調査がないはずはありません。半田の思想や行動、宗教的背景に、問題無いことが確認され、裏付けられたものと言えます。
 このほか、半田は国内に於いても、公益財団法人の理事長と、別の2つの公益財団法人の理事、また公益社団法人の名誉会長兼理事を務めるなど、日本の国益と公益に資する活動を続けてます。これらの、公益法人の代表者も、また多くの政治家も、半田の足跡や宗教的背景を知った上で、信頼をおいて役を任せて下さるのです。
 こうした、信頼に基づく公職は、半田やワールドメイトが、公共性、公益性、一般性を大切にして、今まで活動してきた結果です。宗教とは、多分に偏見で見られ、いかがわしいものと思われがちです。しかし、それは、日本だけの事です。アジアやアフリカでは、宗教家が最も尊敬されます。欧米でも、宗教家である事で、かえって信頼される事も多いのです。反社会的な宗教も、たまにはありますが、それは、極めて少数なのです。ほとんどの宗教は、まともにやっておられます。その数は、前述した通り、国内に18万2200あるのです。その中でも、ワールドメイトや半田は、今述べた事実をご覧頂ければ、その社会性、普遍性、公益性・公共性、一般性、良識や誠実さについて、どこよりも信頼できる、まともな宗教や宗教家であると、ご理解頂けるものと存じます。

以上



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