連載第2回「アカスリ半田劇場」 スポーツニッポン(朝刊) 2013年09月11日

大学入学までに約1000冊読破



女性にふられ周囲も驚く読書家に

「自分をふった女生徒を見返したい」「字が上手になりたい」――。ラブレターの返事がうまく書けなかったことで、好意を寄せてくれた女生徒に、交際を断られてしまった。兵庫県立・鳴尾高の書道部に入った半田氏は、悔しさをバネに部活動に熱中するようになる。やがて部長に就任し、顧問で書家の田端曲全氏に師事した。

しかし、字は上達したものの、大学受験には失敗。浪人生活に突入してしまう。因縁の女生徒は高校卒業後に就職。当時、神戸で浪人生活を送っていた半田氏と再会し「勉学に没頭してたのに、また近づいて来た」という。それなのに、その女性は突然別の男性と結婚し、またもやふられてしまった。

ふられたことで始めた書道に加え、またふられたことで、周囲も驚くような読書家になった。浪人時代を含め、同志社大経済学部に入学するまでに、恋愛小説や純文学、哲学書など約1000冊を読破。半田氏は「今思えば、全部、彼女と出会ったおかげですね」と当時を懐かしそうに振り返った。

大学卒業後は、神道や禅の哲学を実践しつつ、25歳で「みすず学苑」や、時計会社「ミスズ」を創立した。35歳になり「深見東州」名で、ベストセラー作家や、後にオペラ歌手、能楽師などとして多彩な活動をしながら、書道も続けた。35歳で竹中青琥女史に学び、西川寧氏の孫弟子となった。01年には「大英図書館永久収蔵記念~現代書家の名品と平成の佐竹本三十六歌仙展」に出展。「思いやりの心」の意を込めた作品「恕」が、大英図書館に永久所蔵されるなど、世界中で高い評価を受けている。

また、35歳から始めた絵画は、米ニューヨーク州ソーホー地区や中国・北京、東京都内でも個展を開くなど、精力的に活動。55歳で中国の清華大学美術学院の博士課程を卒業。博士号を取得し、外国人初の中国国家一級美術師に認定される。

「ラブレターの返事がうまく書けなかったことで、物書きになり、書家や画家にもなり。受験で失敗したことで、予備校の校長になった。葛藤した日々を乗り越えると、自分の力以上のものが出せる」と自らの原点を見つめ直している。



半田 晴久(はんだ・はるひさ)1951年(昭26)3月18日、兵庫県西宮市生まれ。県立鳴尾高、同志社大経済学部、武蔵野音大特修科卒。その後、豪州でMA、中国の清華大、浙江大でPh.D.の学位を取得。ゴルフやボウリングなど多くのスポーツ大会に協賛する「ISPS」会長。オペラ歌手、画家、書家、能楽師などとしてマルチな才能を発揮。「強運」(たちばな出版)など著書は270冊を超える。

©2013スポーツニッポン新聞社


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